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5月, 2020の投稿を表示しています

一冊の新書で地方自治についての視野が得られる

不純な動機で読み始めたのですが… 「地元の市議選の候補者の顔ぶれや、当選者の得票数を見る限り、…今の仕事に行き詰まったら、市議会議員にでもなろうかしらん。もしかしたら、なれるかも」という、かなり不純な動機で『日本の地方政府』を手に取りました(実は『 日本の地方議会 』という新書も買って積んであります)。 読み始めて、著者の浩瀚な知識と、明晰な分析に大いに驚きました。これは転職先を物色するようないい加減な気持ちではいけないと、腰を据えて読みました。 目次を見れば一目瞭然、教科書的なたたずまい 首長(知事・市長・町長・村長)と都道府県・市町村議会議員の関係を整理する第1章「首長と議会」から始まり、「2. 行政と住民」「3. 地域社会と経済」「4.地方政府間の関係」「5.中央政府との関係」と、教科書的な章立てです。 著者は、個別の事件や事案には深く立ち入らず、概略を述べるにとどめながら、大きな構造(首長と議会、都道府県と市町村の二重構造、中央政府と地方政府、地方の議員の政治活動と中央の政党)、および主要な問題について、事実を整理して教えてくれます。 広範にわたる内容を新書に詰め込んであるため、個々の掘り下げが物足りない、と感じる方もいるでしょう。そういう方のためには、巻末に大量の参考文献がリストアップされています。 地方自治について学びたい人が最初に手に取る本。ときどき読み返す本だと思います。 民主主義の学校に、僕らは入学さえしていない 中央政府との関係を述べる第5章の、その最後では、近年の地方分権改革の流れが整理されています。その改革の成果について、著者の評価・分析はなかなか手厳しいです。 その手厳しさの理由は、終章で分かります。終章「日本の地方政府はどこに向かうか」で、著者は「地方自治は『民主主義の学校』と言うけれど、我々日本人はその学校に入学さえしていないのではないか」とまで言うのです。 なぜなら、日本の地方政府は、税金の問題を扱わないで済むから。我々選挙民は、税金の取り方・使い方について真剣に考えないでも、首長や議員を選べてしまうのです。 現在の制度では、(本文で縷々説明されているのですが)地方政府は財源をどうするか(=何に税金をかけるか)について、考える余地があまりありません。これまでの地方分権改革も、結局そこに手を付けていないのです。 著者は、それは民主主義国

読むのなら、『ペスト』だけでなく、こちらも是非

新聞で、カフカの『ペスト』が売れている、という記事を読んで、ちょっとびっくりしました。 感染症が流行する環境下での人間関係や、社会について、文芸的に意味を考える前に、ウイルス、新型コロナウイルス感染症について、予防法や治療法について正しく理解したい。そういうのが、普通の人の関心事だと思っていたのです。 以下で紹介するのは、この数か月で私が読んでみた、ウイルス、免疫、感染症に関する一般向けの本。『ペスト』だけでなく、ぜひこちらも読んでもらいたいです。 3月、4月頃のデマや買い占め騒ぎもひどかったですが(マスク、消毒液、トイレットペーパー、キッチンペーパー…)、5月末現在、感染者数の増大が収まってきて(第一波?)、今後、非科学的な情報を流布させて、稼ごうとする人が出てくる気がして、とても嫌です。 科学で分かっていること、分かっていないことを素人なりに勉強しておくようにし、変なデマに踊らされず、適切な方法で対応していきたいですよね。 講談社ブルーバックスの免疫に関する書籍2冊 『免疫力を強くする』 は、ウイルスと免疫、感染症の基本に加えて、ワクチンの仕組みについて説明している本です。ワクチンの効果と、そのリスクについて、病気の詳細情報や、数字を挙げてくれています。 世間に流布する反ワクチンの意見が、否定された論文を参照しがちであること、リスクを過大に見積もっていること、ワクチンを打たずに感染症になった場合の問題との比較衡量が無いこと、などが冷静な文章で語られます。 2020年5月時点では、新型コロナウイルス感染症に対して安全で効果のあるワクチンは開発されていませんが、これから出てくるようですので、その時にまた参考になる本ではないでしょうか。 『新しい免疫入門』 は、自然免疫が働く局面から、獲得免疫が機能するまでの人体内の機構を説明しています。いわば分子生物学の本です。専門用語が多く、読むのはなかなか大変です。が、二人の著者は非常に丁寧に、免疫の全体の流れの中で、いま説明をしている箇所が前後とどう関係しているのか、繰り返し説明してくれます。「こんなに詳細なことまで、現代の科学は分かっているのか」と驚くこと請け合いです。 また、これを読むと、「免疫力を高める」食品だの飲料だの、という話は「そんな簡単な話ではないよね」という気持ちで聴けるようになります。 『かぜの科

万葉集にじっくり取り組んでみる

高校生の時、古文の授業の一環で百人一首を覚える必要があったのですが、まるで楽しくありませんでした。 同じく高校生の時、やはり授業の一環で『奥のほそ道』を岩波文庫で読んだのですが、本文の短さに対してとんでもない量の注釈を読んで、うんざりしたものでした。 大人になって『奥のほそ道』を再読したのですが、感想は同じ。注釈多い!芭蕉ら江戸時代の俳人たちは、膨大な古典・和歌の教養のもとで作歌し、楽しんでいたということなんだなと、痛感しました。 古典の教養を身につけたい 数年前、「芭蕉らのレベルになるのは難しいにせよ、教養の一端でも身につけたい」と思い立って、百人一首の解説などをはじめ、和歌に触れる本を何冊か読んでみたのです。 その感想は、「百人一首、あんまりぴんとこないなあ」でした。特に、時代が下がるにしたがって、歌が技巧的に過ぎる。「うまい言葉遊びだなあ」とは思うけど、感情を揺り動かされる感じはなかったのです。 これは多分に好みの問題だと思います。あるいは私に芸術を解する感性が無い、と言われても、特に返す言葉はありません。実際私は単純で面倒くさがりな人間なので、複雑な感情を理解することは出来ないようです。 一方、万葉集の歌(長歌もふくめ)には、なんとなく興味が惹かれるんですよね。長歌のような、見慣れない形式が面白いだけなのかもしれませんが。 元号「令和」が、万葉集から採られたということもあって、何はともあれ、少し踏み込んでみようと。 『万葉の秀歌』 まずその令和の発案者(とされる)中西進氏の著作『万葉の秀歌』を読んでいます。巻1から順に、巻の構成・内容についての説明があり、先生が選ぶ歌、歌の解説がある、という本です。 『まんがで読破 万葉集』や、『ビギナーズクラシックス 万葉集』で、万葉集の一端には触れていたので、さほど戸惑わずに読んでいますが、やはり難しいですね。歌そのものの背景、古代の天皇の歴史や、当時の社会についてから、勉強させてもらう感じです。今のところ、歌を鑑賞するレベルでは読めていないと思います。 それでも、万葉集の良さの一端はつかめてきたかもしれません。やはり詠む人の感情が、直接的か、(感情を他の事物に託すにしても)比較的簡素なやり方で託されて、表現されているように思います。詠み人知らずの歌の、素朴で簡明なところなど、とても愛らしいと思います。 一生もの

日常のことについて、しっかり考える

このブログの記事は、書評の体ではありますが、エッセーのようなものです。 そのエッセーというジャンルの代表的作品である、モンテーニュの『エセー』を、読み始めました。たまたま宮下史朗氏の新書『モンテーニュ』を店頭で見かけて、読んでみて、面白そうだと思ったからです。学生時代、教科書に出てきたタイトルを見、短い説明を読んだ時には、まるで興味を引かなかったのですが、宮下氏の本が本当に面白かったんですね。 宮下氏は仏文学者。でもモンテーニュの専門家ではありません。『エセー』の抄訳の評判が良かったので、依頼があり、あらためて全訳に取り組んだということでした。この面白い、読みやすい文章を書く方の翻訳なら大丈夫だろう、というのが後押しになりました。 宮下氏の翻訳本は全7巻。今書いているこの記事は、第1巻を読み終えたところで書いています。宮下氏のすすめに従って、次に(2巻を飛ばして)3巻に取りかかる予定です。 日常のことについて、しっかり考えて、丁寧に書いてある さて、エセーですが、(当たり前のことですが)エッセーです。「随想」という語は、このジャンルの特徴を表していると思います。いちおうテーマがあり、タイトルも付いてはいるものの、考えはあっちにいったりこっちにいったり。作者の想いのおもむくままに随って、読者には思いもよらない足取りで文章が進んでいきます。さらにモンテーニュは古代ローマの雄弁家、哲学者らの言葉を引用しまくるので、気付くと「もともとの話はなんだっけ?」という気持ちになるような有様です。 ではエセーは読み捨ててよい雑文か、頭が混乱させられる文章か、というと、そんなことはありません。 丁寧に考えて、率直に書いてある文章なのです。 題材に、日常的なこと、普段の暮らしのこと、世間で見聞きすることなど、普通ならわざわざ本のかたちで語らなさそうなことがテーマではありますが、丁寧に考えて、率直に書いているのです。 書き方として、哲学者のような厳密なやり方はしないけれども、丁寧に考えて、率直に書いているのです。 これはやはり、著者の文章に付き合って、「なるほど」と思ったり、「私はそうは思わない」と考えたりしながら、ゆっくり読むだけの価値があると思います。 『エセー』の読み方-白水社のWebサイトより 翻訳を刊行した白水社のWebサイトには、 宮下志朗「モンテーニュ『エセー』を読む