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高校の教科書レベルを抜け出る楽しみーアダム・スミスとその時代

 たびたび「高校レベルの知識を身に付けると楽しいんじゃないか」「いろんなことが分かるようになるんじゃないか」ということを述べてきましたが、今回は「その先に進むのも楽しい」という話です。  アダム・スミスの評伝『アダム・スミスとその時代』 手元にある『もういちど読む山川世界史』の索引から、アダム・スミスの項を探すと、次のような記述が見つかります。 『諸国民の富』(『国富論』)をあらわしたアダム・スミスは、重農主義をこえて、富の源泉は人間の労働一般にあるとし、個人の自由な経済活動が自然の秩序にかなうという自由主義の経済学を確立した。 (『もういちど読む山川世界史』、p.161)  無駄の無い記述で、なるほど、自由主義の経済学の始祖なんだなあ、重農主義を超えたのだなあ(ってどんなんだったっけ?と思いながら)、なんてことが分かります(分かった気になれます、かもしれないけど、いったんその話を記憶の片隅に置いておけるくらいには分かりますよね)。 今回、『アダム・スミスとその時代』をなんとか一回読んでみました。デビッド・ヒュームからの影響、当時の大学の制度と貴族の子息の家庭教師の地位、重農主義者たちとの対面的な関係など、スミスの学問的背景や問題意識、著作(主著『道徳感情論』と『国富論』)の時代性と方向性を知ることができました。私はスコットランドの歴史や、経済学史、思想史に疎いので、ちゃんと理解できたとは言えませんが、知り得たことは多かったです。 そして、スミスの様々を知るにつけ、上の教科書の説明はたいへんよく出来ているのだけど、もっといろんな面白いポイントがあるじゃないか、という気がしてきました。 たとえば、ヒュームってすげえな!イギリス経験論がカントに課題を突きつけたのは知っていたけど、スミスを通じて経済学にも影響を及ぼしてるじゃんか!と思いましたし、 スミスは重農主義者と会って議論したりしてたんだな!イギリスとフランスって当時から(僕が思っていたよりも)近い距離だったんだな!どういう風に行き来していたんだろう?と、近世ヨーロッパの交通事情に関する新たな関心も湧いてきました。 高校くらいまでの知識があると世の中のあれこれが分かるようになって、いろいろ楽しいですが、「その先に進むことができるようになる」「さらにその先を見はるかすことができるようになる」も楽しみの一つだなと、
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原発事故の処理・エネルギー政策について考える前に勉強してみた

  福島第一原発の事故後の処理は、事故発生から9年を経た今の時点から見ても、さらに30年以上を要する、長期にわたる取り組みが必要な事案です。 現場で作業に関わる方はもちろん、たくさんの関係者の仕事のおかげで、徐々に・着実に処理は進んでいるようです。そして、状況が変わっていく中で、課題も移り変わっていっています。 2020年は、「放射性物質により汚染された水を、どのように処理していくか」が大きな課題として話題になりました。 汚染された水は、ALPSという処理施設によって処理され、多くの核種の除去が行われた上で、一次処理水として、いったん原発の敷地内のタンクに貯蔵されています。 貯蔵されている処理水には、除去が難しいトリチウム(三重水素。水素の放射性同位体)が含まれていますが、さらに処理を行い、トリチウム以外の核種を減らす二次処理をした上で、海水で希釈、海に流す案が検討されています。 さて。 こうした状況説明の後で、「どのような方法で処理するのがよいか」と聞かれた場合、皆さんはどうしますか? この件がニュース番組等でも話題になりはじめたのは2019年でした。そのとき、私の頭に浮かんだのは、「トリチウム(三重水素)って何だっけ?」「放射能、放射線ってひとことで言いがちだけど、事故当時報道されたアルファ線とかベータ線とかって言葉って何だったの?」「ベクレルとかシーベルトとかいろいろ単位が出てきたけど、今度のトリチウムってのはそれで言うとどんなもんなの?」という疑問でした。原子力発電の原理はもちろん(熱で湯を沸かしてタービンを回すということくらいは知っていましたけど)、そもそも核分裂とはなにか、今の福島第一原発の状況はどうなのかなど、ほんとにちゃんと知らんなあ、と思ったのです。 事故当時、不安な中でざっと調べたり勉強したりした範囲では、住んでいる・働いている場所では自身にも家族にも問題は起きそうにないし、専門家の皆さんが行っている対処は適切なように思えたので、(長い取り組みが必要そうだ。発電してもらってた立場として支援することができるならしたいものだな)と思う程度で、さらに丁寧に勉強するまでしなかったのです。 怠惰な自分がイヤになるところですが、当時は当時でしかたなかったのでしょう。過去を悔いてもしかたないので、改めて勉強することにしたのでした。 大きめの書店に行くと、東日

学校におけるSaaSの普及のために、ユースケースを紹介する

感染症により強制された 学校のデジタル化  2020年、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、小学校から大学まで、一斉に休校になり、その後オンラインシステムなどを利用した遠隔授業の取り組みが始まりました。 休校が終わった後も、修学旅行や文化祭・体育祭などの各種行事の縮小やオンライン化が行われています。 この間、子どもたち・若者たちの教育を止めないために、様々な方が努力をしていました。感染症の拡大という緊急事態のもとで、十分な準備が出来ない中での取り組みですから、大変な苦労があったものと推測します。 Google for EducationなどのSaaS。「どう使うか」を誰が教えてくれるか? あのような情勢下でしたから、なにより迅速さが必要だったわけで、SaaSの利用は、必然的だったろうと思います。 ところで、「よし、XX業務のシステムは、SaaSで行こう」となったら、最近のITエンジニアであれば、 ベンダーが公開しているオンラインのドキュメントを読んで基本の使い方を学ぶ 使いながら徐々に応用的な使い方を調べたり、問い合わせたりする 必要なカスタマイズをする 随時組織内にノウハウを蓄積・共有する …という風に取り組むことでしょう。専門知識や経験のあるITエンジニアであっても、失敗・間違いがあり得ることを覚悟しながら、前に進めます。 ITエンジニアではない学校の先生がた、教育委員会の方々が「教育でIT・SaaSを使う」となったのですから、取り組み当初、その胸中ではかなり不安だったのではないかと推察します。 Webサイトや書籍で、SaaSの機能の説明を読んでも、「それをどう使ったらよいのか」「どう使ったら安全なのか」想像するのは簡単ではありません。 「ユーザー(潜在的な顧客・ユーザーも含む)に対して、そのツールのユースケースを語る」という役割の人が、ことSaaSについては、いまだ足りていないのかもしれない、と思います。  ユースケースに注目した書籍 『今すぐ使える!Google for Education』 は、Google for Educationの利用拡大・普及に努めている方々が書いた本で、Googleの各サービスを 機能ごとに紹介するのではなく、ユースケースに焦点を当て、 章に立てています。 学校で、先生や児童・生徒が「どう使うか」に焦点を当てているわけですね

プロダクトデザイナーの頭と目と手

月を撃つ NHKの番組『プロフェッショナル 仕事の流儀』で奥山清行氏の仕事ぶりを見ました。それで印象に残っていたので、氏の著作『ムーンショット デザイン幸福論』を 図書館で見つけた時、すぐに借りてみることにしたのでした。 読んでみて分かったのは、「プロダクトデザイン」という仕事は、「モノの外見をスマートな絵で描いてみせる」という範囲に留まるものではなく、「人が使うモノを、きちんと機能するモノとして、工業生産するモノとして、描き出す」仕事なのだということ。 実現するためには、沢山の人と協働する必要があり、組織やプロジェクトを牽引するディレクターとしての役割もあるのだなあ、すごい技能と腕力を持った人の仕事なのだなあと感心しました。 義足のデザイン プロダクトデザインという仕事について関心を持つようになって、次に図書館で見かけて借りてみたのは、山中俊治氏の『カーボン・アスリート』でした。 陸上競技に取り組む人の義足をどうデザインし、どう作るか。義足を付ける本人はもちろん、義肢装具士(※)との対話には、なんとなく緊張感が漂っています。これがプロの凄みというのでしょうか?一人ひとり違う障害、同じ人でも変わっていく肉体に、義足というプロダクトはどうあるべきなのか。挑戦を楽しんでいるようでもあり、苦しんでいるようでもあります。 『カーボン・アスリート』だけでなく後述の本も含め、山中氏の本にはデザインスケッチが多数掲載されています。描かれたスケッチは、線の美しさとは別に、機能性を感じさせる美しさがあり、見ていて圧倒されます。 なお、この本は、慶応大学の教授として取り組んだ、学生の育成・指導の記録として読んでも面白いです。 優秀な学生が本気で一流の教師とプロジェクトに取り組む様子は、正直言うと(これは大変だったろうなあ)と思ってしまいますが、羨ましくもあります。僕も若いうちにこれくらい頑張っておけばよかったなあ…。 プロダクトデザイナーの目と手 山中氏の別の本『デザインの小骨話』は、多数のデザインスケッチと、短いエッセイからなる本です。雑誌連載をまとめた本ですね。デザイナーが頭と目と手をどう使っているのか。短いエッセイに端的な表現に詰め込まれていて、なかなか軽々と読み進ませないのが凄い。デザイナーはこんな風にモノを見、描いているのだなあ、とつくづく感心しました。 観察

近世ヨーロッパは大河ドラマですね

  マリア・テレジアとヨーゼフ2世 ハプスブルク帝国を継いだと思ったら即座にオーストリア継承戦争に突入。他国と激しく争いながら、国力を充実させていく…。息子を皇帝に育てる一方、娘には政略結婚をさせる。嫁いだ先で、娘は悲劇的な最後を迎える… その跡継ぎは、家族を政略に使う母と、時に対立しながらも、協力して帝国の維持発展に力を注ぐ。母の死後、啓蒙思想の理想を高く掲げるが、現実は簡単ではなく… 大河ドラマ的な親子関係ですよこれは。 (岩下志麻と渡辺謙?いや伊達政宗はヨーゼフ2世ほど理念的ではないし、ひ弱じゃないか) フリードリヒ大王 プロイセンの啓蒙専制君主、フリードリヒ大王がこんな大河ドラマの主人公みたいな人とは知りませんでした。子どもの歴史漫画では、マリア・テレジアのライバルみたいな描かれ方まで、だったので… 派手好みの祖父が、ヨーロッパの端っこで「王」になる。 その後を継いだ父は、「軍人王」と呼ばれるも、その名に反して実際は戦争をあまりせず、官僚制度の確立と軍隊の充実を実現した。そしてフリードリヒ大王。宗教的寛容の精神、文化・芸術への愛情、啓蒙思想に育まれた若き日。厳格な父に反発して、王太子の身で「脱走」を企てる…! 修行の日々を経て、父の跡を継ぎ、王になるやいなや、 積極的な対外進出と、国家の近代化を進める。ところが、いつしか周囲の大国に挟撃されることに。はたしてフリードリヒ大王とプロイセンの運命やいかに?! これはもう大河ドラマ 大河ドラマな母親と息子と娘と、大河ドラマな大王が同じ時代に隣国にいて、互いに争っていたのだから、すごい時代ですわなあ… その争いの裏で、多数の哲学者があらわれ、近代を準備していたのですから、これはやっぱり大河ドラマですよ。

Google Apps Scriptを始めるならこれ。しっかりした作りの入門書

気が付けば身の回りはGoogleだらけ。プログラムで制御しちゃおっかな  ふと気が付けば、身の回りはGoogleのサービスだらけでした。スマホこそAndroidではなくiPhoneですし、iPadも愛用している(どちらかというと)Apple信者な私なのですが。 検索サービスやGmailはもちろん、翻訳、Map、そしてこのブログも。スマートスピーカーさえGoogle Home miniですよ(最初にリビング用に買ったのはAmazon Echoだったのに)。これはもはやGoogleのサービス無しではいられない身体と言わざるを得ますまい。 こうなってくると、私もいちおうIT業界に身を置いている人間ですので、「プログラムで制御したら便利になるかも?」ということくらいは考えるわけです。 そんなわけで、この本『Google Apps Script完全入門』を買いました。 JavaScript、VBA、オブジェクト指向の基本を勉強したことがあれば、すいすい読める この本はとても丁寧に書かれています。Google Apps Scriptを開発・実行する手順や、ヘルプページの見方から始まり、JavaScriptの文法の説明を経て、Googleの各サービスのプログラミング方法の説明に進みます。最後に、トリガー、ユーザーインターフェース、ファイルとデータの操作、外部サイトへのアクセス、プロパティ、ライブラリと、アプリケーションを作るために便利な各種機能の紹介です。 JavaScriptの文法説明の箇所は、簡潔でありながらポイントが押さえられています。プロトタイプオブジェクトの説明の箇所など、一見して「だいぶ思い切った書き方だな」と思いましたが、「参照」の説明が前にちゃんとあるのもあって、必要十分な説明になっています。感心しました。  サービスの説明順も、SpreadsheetやGmailなど、オブジェクトモデルが分かりやすいもの・利用頻度が高いものから始まるので、読み進めやすいです。 私はもともとJavaScriptやオブジェクト指向の知識があり、Excel VBAのプログラムを書いたこともあるので、わりとスイスイと読めたのですが、そうした知識・経験が無い方も十分に読めると思います。 そもそもApps Scriptのオブジェクトモデルが分かりやすいというのもあるのかな? この分かりやす

作家的想像力・伊勢宗瑞・北条早雲

海音寺潮五郎氏の「作家的想像力」 上杉謙信を描いた小説『天と地と』で知られる作家・海音寺潮五郎は、史伝文学というジャンルを切り開いた人です(Amazonの 海音寺潮五郎氏のページ へ)。40年余り前に亡くなった作家ですが、近年、その作品が文春文庫で出版されなおしており、普通の書店の店頭でも見かけます。 氏は、その史伝作品の中で、しばしば「この頃の史料は乏しいが、小説にするなら作家的想像力を働かせて~のようにするところだ」という書き方をしています。史料に当たって、なるべく歴史上の事実がどうであったか調べた上で、小説に仕上げる、という文学観を持っていたとのこと。 調査を重んじた司馬遼太郎氏を激賞する一方、面白さを優先するアプローチをとる作家をかなり嫌っていたようで、池波正太郎氏の直木賞選考に関する言動を見るとちょっと面白いです。池波氏にしたら災難だったでしょうが… 伊勢新九郎盛時、のちに伊勢宗瑞 代表作と呼ぶに足る作品に事欠かない、ゆうきまさみ氏がいまビッグコミックスピリッツに連載している『新九郎、奔る!』は、北条早雲こと伊勢宗瑞を描いた漫画です。 といっても北条早雲になるはるか前、十代の新九郎少年が応仁の乱の時代にどう生きたか、というところが描かれている最中。ゆうき氏は沢山の人物を登場させ、それぞれの背景や思惑も丁寧に描いているので、とても読みごたえがあります。 今、作中で、新九郎少年は生まれ育った京都を離れ、伊勢家の所領である土地にやってきました。室町時代の混乱した統治状況に悩まされつつ、徐々に、確実に成長している様子が描かれています。 この所領での物語が雑誌に掲載される直前に、ゆうき氏はツイッターで「史料が残っていないので、想像力を働かせて描いている」という趣旨のつぶやきをされました。作家的想像力ですね。 これまでの様々な作品で、マンガ的な面白さがきちんとありながら、組織や運命に左右される人間たちのドラマを描いてきたゆうき氏なので、ツイートを読んだときにワクワクしたのを覚えています。 ところで、単行本は既に4巻まで出ていますが、新九郎はまだ若い。つい、これ完結するのかな…という心配をしてしまいます。もしかしたら描く範囲を決めているのかもしれませんね。作品の冒頭で、壮年の新九郎が、自らの運命を切り開く決戦に挑むシーンが描かれているので、そこまでは確実に描くと思