このブログの記事は、書評の体ではありますが、エッセーのようなものです。
そのエッセーというジャンルの代表的作品である、モンテーニュの『エセー』を、読み始めました。たまたま宮下史朗氏の新書『モンテーニュ』を店頭で見かけて、読んでみて、面白そうだと思ったからです。学生時代、教科書に出てきたタイトルを見、短い説明を読んだ時には、まるで興味を引かなかったのですが、宮下氏の本が本当に面白かったんですね。
宮下氏は仏文学者。でもモンテーニュの専門家ではありません。『エセー』の抄訳の評判が良かったので、依頼があり、あらためて全訳に取り組んだということでした。この面白い、読みやすい文章を書く方の翻訳なら大丈夫だろう、というのが後押しになりました。
宮下氏の翻訳本は全7巻。今書いているこの記事は、第1巻を読み終えたところで書いています。宮下氏のすすめに従って、次に(2巻を飛ばして)3巻に取りかかる予定です。
日常のことについて、しっかり考えて、丁寧に書いてある
さて、エセーですが、(当たり前のことですが)エッセーです。「随想」という語は、このジャンルの特徴を表していると思います。いちおうテーマがあり、タイトルも付いてはいるものの、考えはあっちにいったりこっちにいったり。作者の想いのおもむくままに随って、読者には思いもよらない足取りで文章が進んでいきます。さらにモンテーニュは古代ローマの雄弁家、哲学者らの言葉を引用しまくるので、気付くと「もともとの話はなんだっけ?」という気持ちになるような有様です。
ではエセーは読み捨ててよい雑文か、頭が混乱させられる文章か、というと、そんなことはありません。
丁寧に考えて、率直に書いてある文章なのです。
題材に、日常的なこと、普段の暮らしのこと、世間で見聞きすることなど、普通ならわざわざ本のかたちで語らなさそうなことがテーマではありますが、丁寧に考えて、率直に書いているのです。
書き方として、哲学者のような厳密なやり方はしないけれども、丁寧に考えて、率直に書いているのです。
これはやはり、著者の文章に付き合って、「なるほど」と思ったり、「私はそうは思わない」と考えたりしながら、ゆっくり読むだけの価値があると思います。
『エセー』の読み方-白水社のWebサイトより
翻訳を刊行した白水社のWebサイトには、宮下志朗「モンテーニュ『エセー』を読むというコーナーがあり、エセーの読み方を教えてくれます。エセーに手を出す前にちょっと時間を取って調べてみたい、という方におススメです。
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