福島第一原発の事故後の処理は、事故発生から9年を経た今の時点から見ても、さらに30年以上を要する、長期にわたる取り組みが必要な事案です。
現場で作業に関わる方はもちろん、たくさんの関係者の仕事のおかげで、徐々に・着実に処理は進んでいるようです。そして、状況が変わっていく中で、課題も移り変わっていっています。
2020年は、「放射性物質により汚染された水を、どのように処理していくか」が大きな課題として話題になりました。
汚染された水は、ALPSという処理施設によって処理され、多くの核種の除去が行われた上で、一次処理水として、いったん原発の敷地内のタンクに貯蔵されています。
貯蔵されている処理水には、除去が難しいトリチウム(三重水素。水素の放射性同位体)が含まれていますが、さらに処理を行い、トリチウム以外の核種を減らす二次処理をした上で、海水で希釈、海に流す案が検討されています。
さて。
こうした状況説明の後で、「どのような方法で処理するのがよいか」と聞かれた場合、皆さんはどうしますか?
この件がニュース番組等でも話題になりはじめたのは2019年でした。そのとき、私の頭に浮かんだのは、「トリチウム(三重水素)って何だっけ?」「放射能、放射線ってひとことで言いがちだけど、事故当時報道されたアルファ線とかベータ線とかって言葉って何だったの?」「ベクレルとかシーベルトとかいろいろ単位が出てきたけど、今度のトリチウムってのはそれで言うとどんなもんなの?」という疑問でした。原子力発電の原理はもちろん(熱で湯を沸かしてタービンを回すということくらいは知っていましたけど)、そもそも核分裂とはなにか、今の福島第一原発の状況はどうなのかなど、ほんとにちゃんと知らんなあ、と思ったのです。
事故当時、不安な中でざっと調べたり勉強したりした範囲では、住んでいる・働いている場所では自身にも家族にも問題は起きそうにないし、専門家の皆さんが行っている対処は適切なように思えたので、(長い取り組みが必要そうだ。発電してもらってた立場として支援することができるならしたいものだな)と思う程度で、さらに丁寧に勉強するまでしなかったのです。
怠惰な自分がイヤになるところですが、当時は当時でしかたなかったのでしょう。過去を悔いてもしかたないので、改めて勉強することにしたのでした。
大きめの書店に行くと、東日本大震災、原発事故に関する書籍のコーナーが設けてあることは多いのですが、残念ながら政治的な評価や主張が先にある本、立ち位置の知られた著者の本が多く、今回の私のように「物理学の基礎的な知識から勉強したい」という希望に沿う本がなかなか見つからず、難儀しました。
やっと見つけたのが『放射線について考えよう。』でした。
著者の多田将氏は、物理学者です。以前、高校生向けの授業をもとにした本『すごい実験 ―高校生にもわかる素粒子物理の最前線』を読んだことがありました。もったいぶらない表現で語る方で、きっと読めるだろうと思って期待して買いましたが、思っていたよりもはるかに良い本でした。
原子と原子核の中身の説明から始まり、放射線が出てくる仕組み・放射線の種類が説明され、半減期のような基本的な概念はもちろん、放射線が人体に及ぼす影響や、具体的な防護法、放射線の測定方法、さらには過去の事故の説明まで、知りたかったことが網羅されていました。
素人の憶測ですが、おそらく、厳密さを欠く表現になっている箇所もあって、専門家としては悩んだ箇所もあったと思うのです。しかし、そうした悩みをまったく感じさせない、明瞭な文章で書かれてあるので、数十年ぶりに勉強した私にも分かりやすかったです(頭がいい人は、割り切りも見事だなあ、と思いました)。
ところで、この本には、「だから、私はこう結論する。こういう政策を取るべきと提言する」というような、政治的な立場や、具体的な政策についての意見表明はありません。
原発の事故処理について、どのような政策を求めるか。今後のエネルギー政策について、どのような態度をとるか。そうした主張は多田先生はしていません。
そうした結論を読者が言う前に、きちんと科学的な意味での放射線を理解してほしい、理解した上で考えてほしい、というのが、多田先生が最も言いたいことだからです。
私は、この多田先生のお考えに大いに賛同します。原発事故の処理、今後のエネルギー政策について、いまどのような考えを持っているかに関係なく、放射線の科学(物理学・医学・防護学など)についてまだ勉強をしたことが無いという人は、この本をぜひ読んでほしいと強く思います。
「書籍を買ってまでは、なあ…」という方は、Webサイト(https://radiation.shotada.com/)に同じ内容が公開されています。私は書籍化の経緯を読んで、「この本は買うべきだ」と思って買いましたが、ご都合の合わない方はWebサイトで読むこともできます。
この本がたくさんの人に読まれ、科学的な事実に基づいて、原発処理やエネルギー政策が論じられるようになることを願ってやみません。
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