月を撃つ
NHKの番組『プロフェッショナル 仕事の流儀』で奥山清行氏の仕事ぶりを見ました。それで印象に残っていたので、氏の著作『ムーンショット デザイン幸福論』を 図書館で見つけた時、すぐに借りてみることにしたのでした。
読んでみて分かったのは、「プロダクトデザイン」という仕事は、「モノの外見をスマートな絵で描いてみせる」という範囲に留まるものではなく、「人が使うモノを、きちんと機能するモノとして、工業生産するモノとして、描き出す」仕事なのだということ。
実現するためには、沢山の人と協働する必要があり、組織やプロジェクトを牽引するディレクターとしての役割もあるのだなあ、すごい技能と腕力を持った人の仕事なのだなあと感心しました。
義足のデザイン
プロダクトデザインという仕事について関心を持つようになって、次に図書館で見かけて借りてみたのは、山中俊治氏の『カーボン・アスリート』でした。
陸上競技に取り組む人の義足をどうデザインし、どう作るか。義足を付ける本人はもちろん、義肢装具士(※)との対話には、なんとなく緊張感が漂っています。これがプロの凄みというのでしょうか?一人ひとり違う障害、同じ人でも変わっていく肉体に、義足というプロダクトはどうあるべきなのか。挑戦を楽しんでいるようでもあり、苦しんでいるようでもあります。
『カーボン・アスリート』だけでなく後述の本も含め、山中氏の本にはデザインスケッチが多数掲載されています。描かれたスケッチは、線の美しさとは別に、機能性を感じさせる美しさがあり、見ていて圧倒されます。
なお、この本は、慶応大学の教授として取り組んだ、学生の育成・指導の記録として読んでも面白いです。 優秀な学生が本気で一流の教師とプロジェクトに取り組む様子は、正直言うと(これは大変だったろうなあ)と思ってしまいますが、羨ましくもあります。僕も若いうちにこれくらい頑張っておけばよかったなあ…。
プロダクトデザイナーの目と手
山中氏の別の本『デザインの小骨話』は、多数のデザインスケッチと、短いエッセイからなる本です。雑誌連載をまとめた本ですね。デザイナーが頭と目と手をどう使っているのか。短いエッセイに端的な表現に詰め込まれていて、なかなか軽々と読み進ませないのが凄い。デザイナーはこんな風にモノを見、描いているのだなあ、とつくづく感心しました。
観察スケッチ
『カーボン・アスリート』に、山中氏の研究室の学生・スタッフとして登場する檜垣万里子氏の著作『気になるモノを描いて楽しむ観察スケッチ』は、「身近な工業製品をスケッチしてみよう」という手軽なお絵かきの本…と思いきや、プロダクトデザイナーのモノの見方と、基礎知識、基礎技術を紹介する本でした。
冒頭は、オンラインで公開されている観察スケッチの例です。作者が注目した点を述べているのが面白い。「なるほど、このデザインの魅力はそこだったか!」と目を開かれる感じがします。
続いて、自分でスケッチを描くための基本技法が紹介されます。線の引き方(直線・円・楕円)からはじまり、透視図法による立体感の表現や、素材感の出し方まで、実物をどう捉えて絵に落とし込むか説明されています。作例や練習方法も掲載されているので、観察スケッチをはじめたい人にとても親切です。
そこで終わらず、工業製品に使われている素材(樹脂・ガラス・金属・木・布)の特性や、工業生産時の加工技術まで説明されているのが面白いですね。 美術の世界に美術解剖学という学問・技術があるそうですが、「プロダクトデザイナーのための解剖学」と言ってもいいかもしれません。
最後には、著者による観察スケッチが多数掲載されているので、自分では描かないけど、見るのが好き、という人も大いに楽しめます。
私たちは、工業生産品に囲まれて生きていますが、そこにはプロダクトデザイナーの頭と目と手が働いています。彼らが何を考え、何を表現しているのか、垣間見るのはとても面白いです。
※付記
『カーボン・アスリート』で山中氏と一緒に仕事をされている、義肢装具士の臼井二美男氏が令和2年度卓越した技能者(現代の名工)に選ばれたとのこと。
職業情報提供サイト 義肢装具士 https://shigoto.mhlw.go.jp/User/Occupation/Detail/176
日本義肢装具士協会 https://www.japo.jp/
コメント
コメントを投稿