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江戸の町を21世紀の目で見直す

土地の商業的利用、繁華街の様相、リサイクル

書名が『21世紀の「江戸」』ということで、一見「21世紀の今に残る『江戸時代』の文物を見つける」という趣旨なのかなと思いました。読んでみて、むしろ「21世紀に生きる我々の関心に基づいて、江戸の社会を見る」ということか、と思い至りました。本書で取り上げられている「21世紀の視点」は、次の三つです。
江戸の町の土地は、どのように利用されていたのか。繁華街(具体的には両国あたり)はどのような様相を示していたのか。紙のリサイクルはどのように行われていたのか。
 
さすがの日本史リブレットで、100ページほどの本の中で史料が丁寧に読み解かれていて、へえ、ほほう、と思うことたびたびでした。

土地の利用状況

まず、江戸のまちは、武士の町なんだということを教えられました。武家屋敷に使われている比率が高い。その比率、68%!ほとんどが武家屋敷だったんですね。
残った土地を寺社と町人が分け合って使っていて、本書では町の様子(時代劇で見るような長屋)などが描かれているのですが、なかでも当時の不動産取引の様子が述べられているのが面白い。一方で、(商品として取引されるようになった後も)土地が単なる商品になったわけではなく、人格性が残っていた、という話が述べられているのも面白いです。

繁華街

「両国」という盛り場が、実際のところどんな空間的な広がりをもっていたのか、橋や隣接する地域の状況に触れながら整理されています。また、橋や川岸が、いわば「民間委託」によって管理されていたことが述べられます。土地利用から収益を得ることを許すかわりに、公共空間としての維持・整備に費用と資源の負担をさせていたんですね。これは自分でもう少し掘り下げて、現代の民間委託との違いを考えてみたいなあ、なんて思いました。

リサイクル

しばしば「江戸はリサイクルが行き届いた、エコの町だった」という言説を見ますが、著者はこう書いています(98ページ)。
一見すると高度にエコロジカルなシステムのようではあるが、しかし生産力の低位な段階が必然化した、即自的なシステムなのだといえよう
ものを作る力が少ない時代だったので、そうするしかなかった、と。バッサリですね。零細な紙屑収集業者と、他の廃品回収業を兼業する業者とが、幕府に対して、組合設立の許可を巡って争っていたらしい、という話が興味深いです。
 
過去の社会の「普通の人々の全体史」を描く、という目標のもと、綿密に調べたことが書かれている。100ページの小冊子ですが、迫力のある本でした。

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