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西洋の科学・技術の受容、組織化・制度化、そして国策化


『日本史リブレット 科学技術政策』

科学の研究、技術の開発を、国家が奨励し、そのための教育・人材育成を行う。お金や資源を沢山投入する。

この本は、今では当たり前だと思われている「国としての科学技術政策」について、明治から現代にいたるまでの百年の歴史を扱っています。

西洋科学の受容にはじまる

その歴史は、(前史としての、幕末の諸藩の科学技術導入の後)明治初期、まずはとにかく一人でも多くの日本人に西洋の科学・技術を修得させようとすることから始まります。お雇い外国人、留学生の派遣など。

組織と制度の確立

次いで、帝国大学による国内での教育へ。平行して、国の行政組織の確立と、組織間の権限の争いが続きます。
ここで興味深かったのは、同じ帝国大学を卒業しても、科学・技術系の学科で学び、科学者・技術者としての教育を受けて官僚になる場合と、法律を学んで官僚になる場合で、到達できる地位に差異が設けられたことです。前者には天井があった。
法律に基づく行政組織を確立し、運用していく上では、やむを得ないか、もしかしたら適切な判断だったのかもしれません。でも、この制度、制度の精神が、技術者の地位が軽視されがちな社会を作ってしまったのかもしれない、とも思いました。

戦争のための挙国体制へ

時はうつり、第一次世界大戦、第二次世界大戦の時代へ。国家間の紛争の激しいこの数十年の間、日本では、資源不足を補い、他国との力量差を埋めるべく、挙国一致の科学技術振興がさかんに言われていたようです。しかし、様々な思惑が交錯して、結局組織の組み換えが起きるばかりで、はっきりとした成果を出すことができなかったとのこと。
「研究」を効率良く進める、予定通り成果を上げるということの難しさを考えると、これは無理な構想だったように思います。
著者も、敗戦という結果と、この間の科学技術政策との間に、因果関係をあまり認めていないように読めます。
なお、この流れの中で、技術者の地位向上の働きかけが行われ、一部が成就したことが指摘されています。

敗戦後、民主化された社会での取り組み

本書に書かれているわけではありませんが、「国家が科学技術研究に大量の資本を投資した」のは、戦後、冷戦の状況下と聞いたことがあります。アポロ計画のような大規模な科学技術への投資をアメリカが行い、日本もそれにならったというわけです。
その結果として、現代の豊かさ、大量生産・大量消費の社会を生み、同時に公害や様々な社会と科学の問題を生み出したといってよいと思います。

本書は、日本における科学技術政策の小史ですが、現代の様々な問題の背景を知る上で、「明治から昭和初期まで」について知ることの大切さを感じさせられます。
  • 技術者の昇任・昇格について天井を作ってしまうと、長期的にみて技術軽視の組織が出来上がっていく
  • 科学技術開発の管理(目標を設定し、計画し、計画通りに成果を出すこと)は容易ではないこと。単に組織改編するだけでは不可能なこと
  • 科学技術開発には十分な投資が必要なこと
こんなことを考えさせられました。

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