スキップしてメイン コンテンツに移動

ロウソクの科学


ノーベル賞を受賞した方が読んだ、というので、30年ぶりに手に取ってみました

 中学生の時か高校生の時か、一度買って手元に持っていたものの、途中で嫌になって読むのを止めたんですよね。文章で書かれた実験の様子がうまく読み取れず、その意義(何を確かめる実験なのか)も読み取れないという、残念な少年だったもので…

やっぱり読めなかったので、図解本を買ってきました

さすがに大人になったから読めるだろう、という見通しは甘かったです。やっぱり図や写真が無いと分からない。どういう実験なの?なぜこういう実験をした?何を確かめようとした?…30年前と違ったのは、今の世間には親切に教えてくれる本があることです。
『図解ロウソクの科学』は、テレビなどで面白い科学実験を見せてくれる、でんじろう先生のお弟子さんにあたる市岡元気氏が監修した本です。実験のようす、その意義が分かりやすく説明されていますし、ファラデーの本には無い化学式による説明も補足されていて、とても分かりやすかった。

ロウソクの科学にとどまらない、『ロウソクの科学』

市岡氏の本の助けもあって、三度目の正直で読み通せました。
読み通してようやく分かったのですが、ファラデーの講演は、ロウソクを題材にとっているのですが、ロウソクだけについて語っているのではなく、ロウソクの燃焼を通じて、様々な化学的現象を説明しようとしています。
ざっと思い返してみるだけでも、次のような話題・実験が出てきます。
  • 物質の状態変化(固体・液体・気体)
  • 物質の化合・酸化(燃焼)
  • 炎色反応
  • 水(化合物)の電気分解
中学理科の化学分野の相当な範囲に関わっていますね。 これは確かに面白い。知的好奇心をそそられます。中学生・高校生はもちろん、化学について忘れてしまった大人にもお勧めしたいですね。

(補足)市岡元気氏のYouTubeチャンネル

GENKI LABO
まだちゃんと見てませんがすごい実験動画がたくさんありそうです。

コメント

このブログの人気の投稿

プロダクトデザイナーの頭と目と手

月を撃つ NHKの番組『プロフェッショナル 仕事の流儀』で奥山清行氏の仕事ぶりを見ました。それで印象に残っていたので、氏の著作『ムーンショット デザイン幸福論』を 図書館で見つけた時、すぐに借りてみることにしたのでした。 読んでみて分かったのは、「プロダクトデザイン」という仕事は、「モノの外見をスマートな絵で描いてみせる」という範囲に留まるものではなく、「人が使うモノを、きちんと機能するモノとして、工業生産するモノとして、描き出す」仕事なのだということ。 実現するためには、沢山の人と協働する必要があり、組織やプロジェクトを牽引するディレクターとしての役割もあるのだなあ、すごい技能と腕力を持った人の仕事なのだなあと感心しました。 義足のデザイン プロダクトデザインという仕事について関心を持つようになって、次に図書館で見かけて借りてみたのは、山中俊治氏の『カーボン・アスリート』でした。 陸上競技に取り組む人の義足をどうデザインし、どう作るか。義足を付ける本人はもちろん、義肢装具士(※)との対話には、なんとなく緊張感が漂っています。これがプロの凄みというのでしょうか?一人ひとり違う障害、同じ人でも変わっていく肉体に、義足というプロダクトはどうあるべきなのか。挑戦を楽しんでいるようでもあり、苦しんでいるようでもあります。 『カーボン・アスリート』だけでなく後述の本も含め、山中氏の本にはデザインスケッチが多数掲載されています。描かれたスケッチは、線の美しさとは別に、機能性を感じさせる美しさがあり、見ていて圧倒されます。 なお、この本は、慶応大学の教授として取り組んだ、学生の育成・指導の記録として読んでも面白いです。 優秀な学生が本気で一流の教師とプロジェクトに取り組む様子は、正直言うと(これは大変だったろうなあ)と思ってしまいますが、羨ましくもあります。僕も若いうちにこれくらい頑張っておけばよかったなあ…。 プロダクトデザイナーの目と手 山中氏の別の本『デザインの小骨話』は、多数のデザインスケッチと、短いエッセイからなる本です。雑誌連載をまとめた本ですね。デザイナーが頭と目と手をどう使っているのか。短いエッセイに端的な表現に詰め込まれていて、なかなか軽々と読み進ませないのが凄い。デザイナーはこんな風にモノを見、描いているのだなあ、とつくづく感心しました。 観察

高校の教科書レベルを抜け出る楽しみーアダム・スミスとその時代

 たびたび「高校レベルの知識を身に付けると楽しいんじゃないか」「いろんなことが分かるようになるんじゃないか」ということを述べてきましたが、今回は「その先に進むのも楽しい」という話です。  アダム・スミスの評伝『アダム・スミスとその時代』 手元にある『もういちど読む山川世界史』の索引から、アダム・スミスの項を探すと、次のような記述が見つかります。 『諸国民の富』(『国富論』)をあらわしたアダム・スミスは、重農主義をこえて、富の源泉は人間の労働一般にあるとし、個人の自由な経済活動が自然の秩序にかなうという自由主義の経済学を確立した。 (『もういちど読む山川世界史』、p.161)  無駄の無い記述で、なるほど、自由主義の経済学の始祖なんだなあ、重農主義を超えたのだなあ(ってどんなんだったっけ?と思いながら)、なんてことが分かります(分かった気になれます、かもしれないけど、いったんその話を記憶の片隅に置いておけるくらいには分かりますよね)。 今回、『アダム・スミスとその時代』をなんとか一回読んでみました。デビッド・ヒュームからの影響、当時の大学の制度と貴族の子息の家庭教師の地位、重農主義者たちとの対面的な関係など、スミスの学問的背景や問題意識、著作(主著『道徳感情論』と『国富論』)の時代性と方向性を知ることができました。私はスコットランドの歴史や、経済学史、思想史に疎いので、ちゃんと理解できたとは言えませんが、知り得たことは多かったです。 そして、スミスの様々を知るにつけ、上の教科書の説明はたいへんよく出来ているのだけど、もっといろんな面白いポイントがあるじゃないか、という気がしてきました。 たとえば、ヒュームってすげえな!イギリス経験論がカントに課題を突きつけたのは知っていたけど、スミスを通じて経済学にも影響を及ぼしてるじゃんか!と思いましたし、 スミスは重農主義者と会って議論したりしてたんだな!イギリスとフランスって当時から(僕が思っていたよりも)近い距離だったんだな!どういう風に行き来していたんだろう?と、近世ヨーロッパの交通事情に関する新たな関心も湧いてきました。 高校くらいまでの知識があると世の中のあれこれが分かるようになって、いろいろ楽しいですが、「その先に進むことができるようになる」「さらにその先を見はるかすことができるようになる」も楽しみの一つだなと、

原発事故の処理・エネルギー政策について考える前に勉強してみた

  福島第一原発の事故後の処理は、事故発生から9年を経た今の時点から見ても、さらに30年以上を要する、長期にわたる取り組みが必要な事案です。 現場で作業に関わる方はもちろん、たくさんの関係者の仕事のおかげで、徐々に・着実に処理は進んでいるようです。そして、状況が変わっていく中で、課題も移り変わっていっています。 2020年は、「放射性物質により汚染された水を、どのように処理していくか」が大きな課題として話題になりました。 汚染された水は、ALPSという処理施設によって処理され、多くの核種の除去が行われた上で、一次処理水として、いったん原発の敷地内のタンクに貯蔵されています。 貯蔵されている処理水には、除去が難しいトリチウム(三重水素。水素の放射性同位体)が含まれていますが、さらに処理を行い、トリチウム以外の核種を減らす二次処理をした上で、海水で希釈、海に流す案が検討されています。 さて。 こうした状況説明の後で、「どのような方法で処理するのがよいか」と聞かれた場合、皆さんはどうしますか? この件がニュース番組等でも話題になりはじめたのは2019年でした。そのとき、私の頭に浮かんだのは、「トリチウム(三重水素)って何だっけ?」「放射能、放射線ってひとことで言いがちだけど、事故当時報道されたアルファ線とかベータ線とかって言葉って何だったの?」「ベクレルとかシーベルトとかいろいろ単位が出てきたけど、今度のトリチウムってのはそれで言うとどんなもんなの?」という疑問でした。原子力発電の原理はもちろん(熱で湯を沸かしてタービンを回すということくらいは知っていましたけど)、そもそも核分裂とはなにか、今の福島第一原発の状況はどうなのかなど、ほんとにちゃんと知らんなあ、と思ったのです。 事故当時、不安な中でざっと調べたり勉強したりした範囲では、住んでいる・働いている場所では自身にも家族にも問題は起きそうにないし、専門家の皆さんが行っている対処は適切なように思えたので、(長い取り組みが必要そうだ。発電してもらってた立場として支援することができるならしたいものだな)と思う程度で、さらに丁寧に勉強するまでしなかったのです。 怠惰な自分がイヤになるところですが、当時は当時でしかたなかったのでしょう。過去を悔いてもしかたないので、改めて勉強することにしたのでした。 大きめの書店に行くと、東日